機構長挨拶

 次世代シーケンサーの技術革新をはじめとするゲノム解析技術、また情報科学の飛躍的な進歩により、生命現象の理解、疾患の発症機構、病態機序の解明が急速に進んでいる。遺伝性疾患については、病因遺伝子の解明、解明された病態機序に直接介入する有効性の高い治療法の開発研究が発展している。一方,生活習慣病をはじめとする頻度の高い疾患は、遺伝的要因と環境要因が関与する多因子疾患と捉えられ、これまでは、頻度の高い一塩基多型をマーカーにしたゲノムワイド関連解析が行われてきたが、今後は、低頻度アレルを含む網羅的なゲノム配列解析に基づき、疾患発症に対する影響度の大きい疾患感受性遺伝子が同定され、ポリジェニック・スコア等の新しい解析手法と相俟って、発症機構の解明と予防法の確立が飛躍的に進むと期待されている。また、がんについては、複雑な体細胞性ゲノム変異の実態を解明することにより、がんの個性診断と、ゲノム、遺伝子変異に基づく最適な分子標的治療が可能となってきている。2018年4月からは、東京大学医学部附属病院が、がんゲノム医療中核拠点病院に認定され、がんゲノム医療連携病院とともに、クリニカルシークエンシングを実施して、ゲノム研究成果の診療への還元を進めている。

 さらに、COVID-19 に関しては、SARS-COV2 ウイルス感染の診断、並びにシークエンス解析による変異株を含む質的診断に、ゲノム科学の力が遺憾なく発揮され、世界の共通基盤としてのゲノム情報が日々提供され、市民の間にも理解が広がっている。

 このような、ゲノム情報に基づいた診断、治療、予防の最適化は、今後、益々、様々な疾患で実現していくものと期待される。また、ゲノム情報の取り扱いに当たっては、個人のプライバシーに十分配慮して適切に扱い、医療に利用していくために、倫理、法、社会学的側面からの検討を加え、日本に適した新しい体系を作る努力も不可欠である。さらには、ゲノム医療を支える医工学、その成果を応用する創薬、食品科学、新たな注目を集めるメタゲノム解析など、周辺科学技術分野との連携も益々重要となると考えられ、幅広い知の創成、集積と対応が望まれる。

 以上の背景に立ち、2015年4月1日、東京大学ゲノム医科学研究機構が発足した(初代機構長:辻省次医学系研究科教授)。医学系研究科、医科学研究所、新領域創成科学研究科、先端科学技術研究センター、理学系研究科を中心に、17の部局、2つの附属病院の研究者が集う全学横断的機構である。2021年4月1日からは、より機動的な運営、並びに情報科学との連携を強化するために、統合ゲノム医科学情報連携研究機構として改組を図り、村上善則機構長のもと、種々のシンポジウムの主催・共催、教科書の編纂準備、学内外への情報の発信などに努めている。さらに、本機構が実施母体となり、国立遺伝学研究所、国立がん研究センター、国立成育医療研究センター、国立国際医療研究センター、横浜市立大学、国際医療福祉大学の6機関と連携することにより提案した「統合ゲノム医科学情報研究拠点の形成」構想が、文部科学省重点大型研究(マスタープラン:2020年10月-)、文部科学省重点大型研究(ロードマップ:2020年9月-)に採択され、わが国のゲノム医科学研究の推進役の一つとしても期待されている。また、2021年2月からは、大学院新領域創成科学研究科が中心となり、学内保健センター、同施設部と共同で、「東京大学新型コロナウイルス感染症対策実用化推進助成」制度の支援を受けて、大学構内の宿舎の下水からの SARS-COV2 ウイルスのモニタリング調査を継続して行い、感染者個人を同定する以前に、宿舎のウイルス感染の有無を検出し、クラスター発生を未然に防ぐ取り組みを実施して、成果を挙げている。

 このように本機構は、東京大学の豊富な人材、研究者の連携を通じて、基礎ゲノム科学、情報科学、ゲノム医科学という3つの分野を統合した学際的な研究分野を創成し、様々な医科学の課題に積極的に取り組み、若手研究者の人材育成、社会への情報発信を含めて、この新しい領域を幅広く発展させ、社会に貢献していくことを目指すものである。関係諸氏のご理解、ご協力を頂ければ幸いである。

統合ゲノム医科学情報連携研究機構
機構長 村上 善則

新領域創成科学研究科
医科学研究所
メディカル情報生命専攻
東京大学
生命データサイエンスセンター